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執筆者の写真neki neki

自転車に乗る

運動神経が鈍かった私でも、自転車には乗れる。 小学校の頃、みんな後輪の補助がつかなくなった頃、 私は、まだその補助に頼って乗っていた。 しかし、ある日、その補助のせいで遅いのではないか?と 気がつき始め、家の前の歩道で補助を外したい一心で、練習した。

当時の五条通りは、活気に満ちあふれ、車も人も多かった。 なので、親には、 「人に当りなさんなや~」ってよく言われていた。

ある日、ウチの親戚のおっちゃんが、 「後ろ持ったるさかい、こいでみ」 と、協力してくれた。 ねき「ず~っと、持っててや、ず~っとやで~、ず~っと持っててや~」 おっちゃん「はいはい、はいよ~」

この辺りは、よくある話である。

ウチは、商店街の中なので、ウインドーなるものが、 あちこちにあるのだ。 自分が映ってるのだ。 おっちゃんが、手を離すと、見えるのだ。

誰も信用していなかった私は、おっちゃんも信用してへんかった。 手を離さはった瞬間、ブレーキかけて止まったのだ。 ねき「アカンやん、離したら~!はい、もっかい!」 おっちゃん「お、すまん、すまん(苦笑)」

そんな調子で、おっちゃんは付き合ってくれたのだが、 手を離されると、バランスを崩し、ヒョロヒョロ~~~っと 曲ってしまうか、自転車から落ちてしまう。

こんな時、商店街ってのは、困る。 洋品店のマネキンとぶつかった事があるのだ。 お、お、お~~~!と思ってる間に、自転車がそっちへ向いてしまう。

ヒョロヒョロと、走るには程遠い速度で、こげるようになった頃、 工事中の建物に突っ込んでしまった事もある。 何てコントロールの悪い私。 止まれなかったのだ。 マネキンではなく、工事中の中に、自転車ごと入っていってしまった。 そして、中にある木材に引っかかって転倒した。

大したケガはしなかったが、危ない所に入ったので、 かなり怒られてしまい、 練習は、別方向へ変更した。 しかし、このかなり怒られた事で、緊張度が高まり、 上達に繋がったのだ。 それから2、3回の練習で、うまく乗れるようになったのだった。

現在、乗れる事は乗れるが、未だにチョンチョン乗りができない。 片側から、ペダルの片方に足を載せて、 空いてる方の足で、地面をチョンチョンと蹴って、 ス~ッと何事もなかったような顔でサドルに座るやつ。

あのサーカスみたいなのは、できんとアカンものなんか?? しかし、ウチの近所のおばちゃん達は、器用にやらはる。 曲芸でも始まるかのように見えるのだが… できない私には、自慢げにやってはるようにしか見えないのだ。 「ほれほれ、こんなんできるかぁ??」ってなもん。

そんなん、できなくて結構!!

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